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セザムだより 第五号

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新たな展開へ向けて ~取次会社との関わり~  (2004.8.24)

出版社を立ち上げて約10ヶ月、今まで接したことのない業界の人達との付き合いが始まって、いろいろ勉強になることや驚くことがたくさんありました。何しろ、書店で本を買うだけの一読者の立場から、180度転換して、本を作り書店へ入れる側に回ったわけですから、訳の分からないことだらけ。正直言って、1冊の本を書店に置くことがこんなに大変で面倒くさいとは思ってもみませんでした。まあ、『単語呂源』の場合は非常に幸運というか、比較的トントン拍子に数多くの書店に並べることができたわけですが、それでも何度か壁にぶつかりました。

まず、業界に何のコネもない状態で新たに出版社を始めるとしたら、その苦労は並大抵のものではない。そんなことをつくづく実感させられました。本を制作することは、著者がいて、出版社にある程度のお金(150万円ほど)があれば、可能です。しかし、その本を流通ルートに乗せることが難しい。簡単に言うと、制作した本を直接書店へ持っていっても決して置いてくれない。必ず本の問屋である「取次会社」を通さなければならないわけです。そして、取次会社に本を持っていけば、書店へ回してくれるかというと、まず十中八九引き受けてくれない。その前に出版社が取次会社の信用を得て、取引の契約をしてもらわなければならない。これを業界用語で「口座開設」といいます。

エコール・セザムの場合、幸運なことがいくつか重なりました。まず、取次会社が二つ、ほぼ同時に取引を始めてくれたことです。

一つは、博文社というところで、神田村(神保町の古書街)にあり、学習参考書の卸売りを専門に行っている問屋さんです。旺文社や桐原書店といった大手出版社の学参を扱い、それを首都圏の大きな書店に卸している。セザムが18年間進学塾をやってきたことはすでに述べましたが、この問屋さんからずっと塾の教材や参考書を買ってきて、付き合いがあったことが幸いしました。まさか自分の本をここから卸すとは思いもよりませんでしたが、博文社の川邊雅久社長が私の本を大変気に入ってくれて、積極的にプッシュしてくれた。

昨年の9月半ばのことです。仕入れ部長のKさんと販売条件について打ち合わせをしました。まず、掛け率(売値に対する仕入れ値の比率)は65パーセント、委託販売(商品を一定期間店頭に置き、売れた分の代金を後で精算する販売法)で、支払いは6ヶ月後以降、というものでした。そのときはずいぶん厳しい条件だと思いましたが、新刊本の場合、どの取次会社もだいたいそんなところなのです。そして、博文社に任せて、配本部数を決めてもらいました。首都圏の紀伊國屋、三省堂、旭屋、丸善、八重洲ブックセンターなど大きな書店には10冊ずつ、中くらいの書店へは5冊ずつといった具合で、全部で500冊配本し、100冊を補充用の在庫にするというものでした。

10月の初め、東京の大書店の学参売り場で『英単語呂源』が平積みになって売り出されました。まさに鮮烈なデビュー!しかし、そのあとが苦しかった。実は期待したほど売れ行きが伸びず、博文社の営業の人達からだんだん冷たい目で見られるようになってしまったからです。その後の経緯はまた別の機会にお話しましょう。

もう一つの取次会社は、地方・小出版流通センター(略称「地方小」)というところです。新宿の南町(神楽坂の近く)にあり、博文社と同じ問屋さんでも特徴がまったく違う。地方小は、全国に散らばった約1000社もの中小出版社が発行する6万種の本や雑誌を扱い、それを首都圏および全国各地の書店や図書館に配本する役割を務めている。地方小が直接取引している書店も数店ありますが、ほとんどの書店には、大手取次会社(トーハン、日販、日教販、大阪屋、栗田、太洋社の6社)を通して配本し、販売してもらっている。出版業界、いや出版文化のために貢献し、労苦をいとわず大変な仕事をしている取次会社で、創業者で現社長は川上賢一という方です。

実は、『単語呂源』の発行元になるはずだった出版社の編集長M氏がキーマンで、敬愛する川上社長に私を紹介してくれたのです。これはエコール・セザムにとっても私にとっても非常に幸運なことでした。今でも川上社長と地方小の皆さんにはひとかたならぬお世話になっている。任侠の世界なら親分とその一家みたいな存在で、神楽坂の方には足を向けては寝られない!(と本当に思っている)。
川上さん(そう呼ばせていただいています)は私より少し年上で、いわゆる全共闘世代に属し、昔は成田闘争でヘルメットをかぶりゲバ棒を振り回していたらしい。これはただの噂かもしれませんが、その言動を見ていると、その噂も本当のような気がする。何を隠そうこの私だって高校生の頃は機動隊に石(火炎ビンではない)を投げていた・・・。

それはともかく、川上さんにはじめてお会いする何日か前のことです。
突然私のところにご本人から電話が入りました。無愛想で、ズケズケ言う話し方にまずびっくりしました。初めてお話しするにもかかわらず、「あのさー」といった口調なのです。『単語呂源』と私の出版社についてM氏から話を聞いて、おたくはどうも地方小が扱う本を発行する出版社でないから他の取次会社をあたってくれないかという、要するに断りの電話だった。語学書や学参は地方小で売るには適していないというのです。しかしここでもし地方小に断られたら、3000冊作った『単語呂源①』はどうする?販売する書店の数も大幅に減ってしまう。私は会ったこともない川上さんを電話で懸命に説得しました。多分彼はしぶしぶだったと思いますが、私の熱意に押され、ようやく同意してくれました。

その数日後、地方小の近くの喫茶店で、川上さんと面会しました。痩せ型でメガネをかけ、ちょっと神経質そうなタイプで、話し方は電話のときと同様、歯に衣を着せぬ口調。一瞬、こんな人を親分にして大丈夫かなと不安が頭をよぎりましたが、ここまで来たら四の五の言わずに地方小=川上組に入るしかない。盃の代わりにコーヒーをすすりながら契りを結ぶことにしました。これでめでたく川上組の客分扱いになったのでした。

販売条件は、掛け率66パーセント、新刊本は特約店に限り委託販売で配本し、出版社への支払いは6ヶ月後(ここまでは博文社とほぼ同様)、返品(書店で売れ残り、問屋へ送り返された本)の手数料を定価の4.5パーセント分差し引く。そして、委託販売の部数は少なめにして、あとは各書店の注文に応じ、買い切り制(売れても売れなくても書店が仕入れた本の代金を払い、返品を認めない)で本を卸し、注文分の代金は2ヵ月後に支払うというものでした。

最初、川上さんからこの条件を提示されたとき、頭が混乱してなにがなんだか分からなかったのですが、後になってみると、これは出版社にとって大変合理的な条件であると納得したわけです。しかし、逆に書店の側から見ると、買い切り制が障壁になって地方小から本を仕入れづらくしていることも分かってきた。その辺の事情については、回を改めて説明することにしましょう。

結局、配本部数は300冊で、100冊を常備の在庫にすることに決まりました。首都圏は博文社が取引きしていない書店に限り、全国、北は札幌、南は鹿児島までの特約店約100店に配本してもらうことになったのです。旭屋の札幌店、紀伊國屋の梅田店と福岡店、ジュンク堂の大阪店と福岡店は特別に10冊、そのほかの大書店は3冊ないし5冊で、ほとんどの書店は1冊です。
でも、川上社長の話では、これは「ご祝儀」のようなもので、地方小にしては特例に近いとのことでした。

まあ、そんなこともあって、その後ずっと川上さんとはお付き合いさせていただいている。そして徐々に彼の出版界にかける情熱と意気込みが分かってきた。川上さんは商業主義に堕した出版文化を改革すべく闘っている憂国の士(決して右翼ではない)と評したらよいでしょうか。ともかく稀有な人なのです。川上さんと私も共闘しようとひそかに覚悟を固めた次第なのです。

ところで最近はほぼ毎週地方小に通っています。何をしに行くかというと、車で『単語呂源』を納品に行くわけです。どうせならまとめて100冊くらい注文してくれればいいのにと思うのですが、いつも30冊しか在庫を補充してくれない。川上さんから直々注文の電話がかかってくるたびに、出前でも届けるように毎週私自ら本を運搬している。しかし、地方小の狭さを見れば、それも仕方がない。

飯場(建設現場にある仮設住宅)を少しましにしたような建物の一階に地方小はあるのですが、宅急便の集配センターといった感じで、倉庫と事務所が一体になっている。入り口にはダンボール箱と台車が雑然と置かれ、真ん中が事務所。うなぎの寝床みたいなフロアの奥には、ぎっしり詰まった書棚が何列もある。ここには十数名の社員がいて、本を手にせわしなく動き回っていたり、壁に並んだデスクで黙々と書類を作ったりして、蟻のごとく働いている。そのど真ん中に入り口の方が見えるように置かれたデスクがあり、事務員用のうす茶色の上っ張りを着た川上さんがいる。社長室なんかありません。彼は、ファックスを見たり、電話に出たり、いつ行っても忙しそうで、陣頭指揮をとっているのです。

私が本を納めに行っても、交わす会話は二言三言。

「こんにちは。出前お届けにあがりました。もしかして、ソバ屋より早い?」

「あのさー、いちいち持ってこないで、宅急便で送りゃーいいじゃないか。」

2004.8.24 キス。



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