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セザムだより 第七号

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セザム人間模様~わが師の恩 前田先生~   (2004.8.28)

『単語呂源』が完成して、矢も楯もたまらずお目にかけたく思い、差し上げた方が二人おられます。一人は前田正男先生、もう一人は小田島雄志先生で、学生時代の私の英語の先生です。いや、英語の先生と言うより、両先生とも私にとって、人生の師と言ったほうが適切であるかもしれません。
もちろん私は両先生から英語そのものを、英語のいろいろな知識を教わった。しかし、実際に教わった本当のものは、それ以上の何かであった。文学への情熱、教育への情熱、突き詰めて言えば、人間を知ること、人間を愛することだった、と思っています。
これまで私が進学塾で教えてこられたのも、そして今、本を書いて発行できる幸せを味わえるのも、実は英語以上のものを私に教えてくださった両先生のおかげです。50歳を越えたこの年になって、私はしみじみ、わが師の恩を感じている。そして、この年になっても、ご恩を受け続けているのです。
今回は、いつになっても変わらないわが師のありがたさについてお話しすることにしましょう。

前田正男先生。都立青山高校時代の私の恩師です。山形県酒田市のご出身で、今年77歳、ちょうど喜寿を迎えられました。戦時中は司政官(占領地の軍事政策に参画するエリート)の養成学校で学び、終戦後東京高等師範(東京教育大学の前身で現在の筑波大学)で英語の教員資格をとられたそうです。それからは都立高校の教壇一筋。その後、教頭から校長になられて、定年後は昭和女子大で英文学を教え、数年前に現役を引退されました。

前田先生の教え子はいったい何人いるのでしょうか。どこかで私のこの拙文を読まれている方の中にも先生の教え子がいるかもしれません。

思い起こせば、前田先生に私が英語を教わったのは、先生が40代半ばで脂ののりきった時期でした。当時の青山高校は中核派(全共闘の一派)の拠点で、学園紛争の真っただ中。ヘルメットをかぶった生徒(同級生も何人かいました)が先生達を教室に連れ込んで、つるし上げを食わせていた。前田先生もそんな目にあった一人でしたが、決して彼らから逃げることなく、真正面から論戦に臨んでいたのを覚えています。その頃の私はどちらかというとノンポリ(政治に無関心なこと)で、左翼思想には共鳴できず、先生達に同情していました。昭和44年9月には機動隊が入って学校閉鎖になり、その後やっと学園紛争もおさまり、授業も普通に行われるようになりました。

前田先生に教わった英文で今でも鮮明に印象に残っているのは、ロバート・リンドとジョージ・オーウェルのエッセイ、そしてビアス(『悪魔の辞典』が有名)の短編『アウルクリーク橋の事件』です。どれも原文のまま読まされたので難解でしたが、とても面白かった。とくにビアスの短編は奇抜な話で、絞首刑にされる捕虜の兵士が首を吊られ死ぬまでの瞬間に思い浮かべる回想だった。ほかに、ジャック・ロンドンの名作『野生の呼び声』を全部(もちろん原文で)、夏休みに読まされました。前田先生には、大学受験を前にして、受験とはまったく無関係な英文を講読していただいた。そんな教材を使う先生もたいしたものだし、われわれ生徒のレベルも高かった!

さて、昔の話はこのくらいにして……、昨年の9月末、久しぶりに前田先生のご自宅に電話をしました。奥様とお話した後、先生が出られ、私の近況を報告しました。英単語の本を出版しましたと申し上げたら、先生は大変喜んでくれました。ついでに、そのとき厚かましいお願いまでしてしまいました。先生のお名前をエコール・セザムの顧問として使わせていただけないか、というお願いです。先生は以前「都英研」(東京都高等学校英語教育研究会)の会長をなさっていたこともあり、高校の英語の先生達の間では知る人ぞ知る方だからです。

「私の昔の肩書きでいいなら、かまいません。利用されるならば、どうぞ」という嬉しいお言葉!
高校卒業後もなにかとお世話になり(何度も酒と食事をご馳走していただいた)、私の結婚式にも出席していただき、その後年賀状も途絶えがちで、長い間ご無沙汰していたにもかかわらず、恩師というのはなんとありがたいことか!

電話をかけたその日に、お礼の手紙を添えて、先生に『単語呂源①』をお送りしました。
その一週間後、葉書でお返事をいただきました。最後まで読んで感想をくださったらしく、こんなお言葉が書かれてありました。

「面白く、時のたつのも忘れて読ませていただきました。長い間の教職の成果だと思います。次作を準備されていることでしょうが、成功を祈ります。」

 

さて、先生のお褒めの言葉を何よりの励みに、私は第2巻の制作に没頭しました。
第2巻が完成した3月半ばのことです。また先生に本をお送りしました。
するとまたお葉書をいただきました。先生の直筆であることは間違いないのですが、なぜか万年筆で書かれた字が乱れています。どうしたのかと思って、読んでみると、その内容にガク然としました。

昨年の暮れ、肝臓がんを告知され、現在はご自宅で療養生活を送っておられると書いてあるのです。ずっと以前にも胃がんの手術をされ、胃の大部分を切除なさいました。その後快復されて、念願の四国八十八ヶ所めぐりをされたほどご強健な先生なのに!
文面から察するに、弱音を吐かない先生の精神力だけは相変わらずで、思わず目頭が熱くなりました。

「手が思うように動かず、つい筆不精になり、ご無沙汰いたしました。周りの人が云々するほどでもなく、いたって元気にしております。思いがけない文字でさぞ読み難いと思いますが、頭の方はまだまだと思っております。」

先生必ずお見舞いに伺いますから、それまでどうぞお元気でいらしてください。

2004.8.28キス。


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