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セザム人間模様~わが師の恩 小田島先生~  (2004.8.28)

小田島雄志先生は著名な方ですから、ご紹介するまでもないと思いますが、英文学者でしかも演劇界の重鎮でいらっしゃる。シェイクスピアの戯曲をすべて現代語訳され、文化功労者として表彰された方です。東京大学を退官され、現在は文京学院大学の客員教授であり、そのかたわら、池袋にある芸術劇場の館長をなさっている。

私が小田島先生に教わったのは、東大の駒場時代、大学1、2年のときですから、今から33年も前になります。当時先生は助教授で、シェイクスピアの全訳に取り掛かって間もないころだったと思います。テネシー・ウイリアムズの『ガラスの動物園』を講読していただいた。そして、その講義の面白さは群を抜いていた。人間味溢れるそのお人柄も魅力的だった。大学で一般教養の講義くらい詰まらないものはないのですが、先生の講義はなにしろ演劇界についての余談が多い。ダジャレも時々飛ばして、みんなを笑わせ、飽きさせない。

ところで、『単語呂源①』の表紙に巻いた黒い帯をご覧になった方はご存知かと思いますが、「東大名誉教授小田島雄志推奨」の文字が入っております。実は小田島先生に無理矢理お願いして、お名前をお借りさせていただいたのです。では、その経緯というか、大それた願いをかなえた一部始終についてお話ししましょう。

まず、小田島先生とダジャレは実に縁の深い関係にあるのです。あのシェイクスピアがダジャレの神様なら、小田島先生はダジャレの布袋様(そんな容貌をなさっていらっしゃる)だと言えるのではないか。先生だからこそ、ダジャレ満載のシェイクスピアの戯曲も翻訳できたのではないか。私はダジャレによる英単語の覚え方を書きながら、常に先生のことを考えていた。先生なら私のダジャレの面白さがわかってくれるにちがいない。

そのうち、小田島先生に『単語呂源』を推奨していただけたら、どんなに心強いか、と思うようになりました。まるで妄想に取りつかれてしまった。しかし、今から33年前もの教え子なんて、先生が覚えているはずがない。だいいち、直接先生とお話したこともないのです。その後一度もお目にかかったこともないのに、自分の書いた本を推奨してください、と申し出るなんて、図々しいにもほどがある。

小田島先生にお手紙を差し上げてお願いだけでもしてみようかとも思ったのですが、結局遠慮して何もしないまま、『単語呂源』を制作してしまった。
いやー、後悔しました。本に巻いた帯を見るにつけ、小田島雄志のお名前が浮かんで頭から離れない!どうしてもあきらめきれないのです。
もう、こうなったら、初志貫徹、一か八か先生に頼んでみよう!

 
まず、書店で小田島先生の本を1冊買いました。『半自伝 このままでいいのか、いけないのか』(白水社)という本です。そういえば、今まで先生の本を1冊も読んでいないことに気づいたからです。それに発行元の白水社の編集部に聞けば、先生の連絡先を教えてくれるにちがいない。

早速、白水社の編集部に電話をかけました。自己紹介をして、事情を正直に説明すると、編集部の方は小田島先生のご自宅の住所と電話番号を教えてくれました。
いよいよ、先生に連絡をとれることになり、手紙を書こうかとも思いましたが、私は電話をかけることに決めました。その方が手っとり早い。

すぐに先生のご自宅に電話をかけました。電話に出られたのは先生の奥様で、とても親切で気さくな方でした。10分くらいお話ししたでしょうか。私の略歴や本の内容、そして先生に対する私の思いと、先生からできれば推奨のお言葉をいただきたい旨をお話ししました。
先生は正午に昼食を食べに戻ってくるので、もう一度電話をかけてもらいたいとのことでした。

正午過ぎに再び電話をすると、先生が直接出られました。お声と話し方は大学時代と変わらない。不思議なものです。なぜか急に懐かしさと親しみが湧いてきて、気軽に先生に話しかけている。緊張もありません。奥様がすでに私の用件を先生に伝えていたらしく、翌日のお昼休みに本郷の文京学院大にある先生の研究室でお目にかかる約束をしました。先生は午前中と午後に講義があり、その合間を割いて、会ってくれるとおっしゃるのです。しかも、学院大の場所や研究室のある建物の位置まで詳しく教えてくれました。

その日私は買ってきた先生の本を読みました。まさに小田島ハムレットの面目躍如!半自伝というタイトル通り、戦後満州から引き揚げてきた少年の頃から、詩を書いていた青年時代、そして今の奥様との恋愛と結婚、貧乏な大学講師時代と、時が経つのも忘れて読みふけりました。とくに八丈島にいらっしゃった奥様にプロポーズする場面に、いたく感動しました。古希を過ぎ、これほどロマンチックなのろけ話を堂々と書ける小田島先生は、えらい!

翌日のお昼前。昼休みに押しかけて、先生が食事をする時間がなくなったら申し訳ないと思いました。そこで、本郷にあるパン屋さんで、先生のために焼きたてのパンとオレンジジュースを買い求め、文京学院大に向かいました。

研究室の前で私が待っていると、講義を終えた先生がエレベーターを降りて、手を振って現れました。33年前とほとんど変わらない容貌にびっくり!もともと先生は若い頃から老けていらした。(失礼!)いや、大成なさっていらした。

研究室のソファに向かい合うように座って、先生と歓談しました。大学でテネシー・ウイリアムズを教わったこと、昨日読んだばかりの『半自伝』の感想など。ちょうどその本を持っていたので、サインをお願いしたら、快く引き受けてくれました。もうすぐ発売になる先生の新刊書『ユーモアの流儀』(講談社)の献呈本もいただいてしまった。ダジャレの話をすると、先生は『駄ジャレの流儀』という本もすでに出していらっしゃるとのことでした。
さて、お昼休みは30分しかない。雑談ばかりもしてられない。

「先生お昼ごはんはどうするのですか?愛妻弁当ですか?」と私が尋ねると、いなり寿司をコンビニで買ってきたからそれを食べるとおっしゃる。
「では、私の本を置いていきますから、ちょっと目を通してください。あと、すぐ食べられるようにパンとジュース買ってきたので、よかったらどうそ。」と私は本と紙袋を差し出しました。
先生はそれを受け取り、すぐに本をパラパラとめくって、ダジャレのページに目をやる。
そして、無言の時が続く……
えい、思い切って訊いてしまえ!

「先生、実は……、帯のところに先生のお名前を拝借したいのですが……」
先生は笑ってうなずいていらっしゃる。

「『東大名誉教授小田島雄志先生推奨』ってダメでしょうか?」
「その先生というのはいらない。名前に肩書きがついているから……」

「で、ほんとにお名前いいんでしょうか?」と私は念を押す。
「僕の名前なんか使ったって、きっと本売れないぞ!」
「DMを高校の英語の先生方に送ろうと思っているんですが、小田島先生のお名前があればぜったい反響があると思うんですが……」
「いや、僕はむしろ演劇の世界のほうが知られているみたいだよ。」
「先生、何をおっしゃるんですか。小田島先生を知らない英語の教師なんか、モグリみたいなもんですよ!」
先生は禿げ頭をなでて笑っていらっしゃる。
「先生、刷り直した帯とチラシが出来たら、すぐお送りしますね。」

私は最後にとても尋ねにくいこと切り出す。いくら先生とはいえ、出版社の社長たるもの著名人のお名前をただでお借りするわけにはいかない。

「で、先生、その…お礼なんですが……」
小田島先生は急に顔色を変え、
「そんなものいらないよ。」
「でも、そんなわけにもいかないかと……」

先生はパンとジュースの入った紙袋を取り上げ、
「これでいいよ!」

私は深々と頭を下げ、心躍らせて先生の研究室をあとにしました。

2004.8.28キス。



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